愛と義のまち米沢エッセイコンテスト 金賞受賞作品一覧
第2回 金賞『渡る傘』 吉田尚乎さん(東京都)
 その日、取引先で打ち合わせを終えた私は急いでオフィスを後にした。ビルを出たところで、突然、激しい雨が降ってきた。仕方なく元居たビルに戻り、ひさしの下であまやどりをすることにしたのだが、余りにも突然の事に、途方にくれてしまった。

 直ぐに止むだろう…と思ったのもつかの間、止む気配はない。走って駅まで行こうかとも思ったが、十分はかかる道のりと、強い降りに決断ができずにいた。

 もう一人、雨宿りをしている青年がいた。ジーンズにTシャツのラフな格好で、この雨に慌てる素振りもなくタバコを吸っていた。それもそのはず、彼はタバコを吸い終わると隣のカフェへ入っていった。カフェの店員が休憩していただけだった。

 「なんだ」。「同じ境遇で困っている?」と思っていたので、困っていない彼を羨ましく思いながら、戻っていったカフェを眺めていたら、傘を差した人がお店から出てきた。お客が帰るのだと思ったら、タバコの店員だった。「どうぞ」おもむろに傘を私に差し出しながら言った。「急な雨でお困りでしょう。ずっと前にお客様がわすれていった傘なんです。もう時効だから、お持ちください」。「・・・ありがとう」私がポカンとしながら傘を手に取ると、店員さんはそのまま雨の中、お店へ戻っていった。

 たくさんの人たちが濡れながら駅へと走っていく中、私はその傘のおかげで濡れずに駅まで辿り着くことができた。

 駅では突然の雨で外に出られない人達がたくさんいて、あきらめて飛び出していくスーツ姿の人もいた。そんな中、困りきった様子で空を眺めているお婆さんがいた。私は迷わず手に持っていた傘を差し出した。「この傘は、さっき親切な店員さんにいただいたものです。私にはもう必要ありませんから、お使いになりませんか?」

 数か月前に雨から持ち主を守った傘は、私を助け、そして今、別の人にその役目を継続する事になった。人から人へ渡る傘。私の心は晴れていた。